「おばさんたちが案内する未来の世界」を見てきた/友達の旅の立派な報告会として楽しめた 2007年12月6日(木)日も差すがわりと寒い 朝の気温は3℃だった
夕方、ならまち振興館の裏に生えている柿の木の柿をとらせてもらったあと、音声館へ。「映画『おばさんたちが案内する未来の世界』を見る集い in 奈良町」に行ってきた。音声館二階の小さいけれど立派なホールで、定員90人は若い人でいっぱい。大半はフロアに座布団、壁際に椅子もあった。PAが組まれていて、公開録音も入っていた(これは最初に言っておいてほしかった)。
ステージに小さめのスクリーンがあって、フロアに設置したプロジェクターからビデオを映す。スクリーン向って右の椅子に“オザケン”、左にエリザベス・コールという人。二人とも南米の民族衣装と思われる帽子姿で、ヘッドセット・マイクを着ける。オザケンは大きなウクレレみたいな楽器(ボリビアのロンロコというそうだ)、エリザベス・コールという人はビデオのオペレート。
いきなりミニDVウォークマンの調子が悪く、急遽MacBookからのDVD上映に切替え。ビデオに合わせて、要所要所で音楽が入り、語りが入る。
内容面で言うと、まず、これは「映画」ではない。ビデオ映像を使った、友達カップルの旅の報告会と考えるのが正しい。だから完パケとしての映画ではなく、パフォーマンス+ビデオというスタイルなのだろう。南米のボリビア・ペルー・ベネズエラを巡る、ディープでビビッドな旅日記が、寓話的ストーリーとして再構成されている。
語り手は、たぶん数十年後の、高度消費社会的なシステムが衰退した世界に生きている“おばさん”。ぬいぐるみの人形として登場する。おばさんの回想で、わたしの小さい頃(=現代?)には、人間を疎外する高度資本主義消費社会のシステムが強大な力を発揮していて、いま考えると過ぎ去った嵐のようだけど、そのころ、今につながるこんな萌芽があったんだよ、というような物語。
現代の高度資本主義消費社会は、そのフレーム内で見るかぎりは超高度に構築されていて、逃げ道も、そもそも逃げる必要すらないように見える。それに対して「ヘンだ」「いやだ」と思った南米の人たちの、運動と愛と言葉がたっぷり映し出される。搾取するばかりの国際資本による支配を排除して“まともな社会”を再構築しようとするボリビアの動き、ベネズエラのチャベス大統領に対する庶民の愛と信頼と心配(暗殺されちゃうんじゃないか)。さまざまな場所で、カメラはどんどん現場に突っ込んでいく。よく撮れたなと感心する場面がたくさんあった。撮影はたぶん民生機で、一部にスミア、ピンボケ、風雑音はあったが、グラグラして酔うようなこともなく、かなり的確な映像と音だった。
土地土地で地元のおばさんへのロング・インタビューが入っている。その言葉の賢いこと。社会の現状を把握し、政治を見つめ、人がいきいきと暮らせる社会を希望しているようすが伝わる。カメラはその表情も、言葉も、生活もよく拾っている。子どもたちのようすも、人のそばで暮している犬や猫も撮れている。鸚鵡もいた。
二幕構成で、途中十分間の休憩が入る。
後半、外国資本を追い出して再国営化を果したボリビアの鉱山が出てくる。鉱夫たちは仕事に誇りを持ち、その土地の信仰も持ち、過激な現場で働いている。驚いたことに、カメラも地下の坑道へ入っていく。それどころか、坑道の最先端の採掘現場まで行く! そして、この鉱山で採れる錫が、ケータイやテレビなどのハイテク製品に不可欠の金属であることが示される。このあと、お祭りの場面で生贄の羊が映るのだが(『楽園の鳥』の生贄の山羊の場面を思い出した)、そこで、なるほど鉱山というのはハイテク版の“屠場”なのだな、と思った。社会に必要不可欠な、重要な産業の現場なのに、表舞台からは隠蔽され、ないことにされている。
終了後、四十分ほど、質疑応答というのでもないが、思ったことや思い出したことを発言してくださいという時間があった。わしも、“東京”と距離を置いて奈良に引越してきて云々という話をした。
その後、カナカナへ場所を移すことに。再開まで三十分ほどありそうだったので、一旦うちへ戻って、簡単にご飯を食べてからカナカナへ行った。お店の営業は終っていて、厚意でスペースを貸してもらっていたようだ。ナイスな手配。
カナカナにも数十人が来ていた。ここでもイベントの感想と、それについてのオザケンやエリザベス・コールという人のコメントがあったりという感じで進行。
発言のチャンスがあったので、聞きたかったことを聞いてみた。こんな感じのこと。
きょうのビデオを見て、自然を搾取するのでなく、その土地と向き合って生きる、たとえば石油がなくなっても生きていけるような生活を、みなさん「いいな」と思ったり共感したと思います。しかしそうは言ってもこの消費社会のなかで、みんな行列を組んで、先頭で旗を振っている人もいれば、嫌々ついていっている人もいると思いますが、全体としてある一方向に動いている。その(“灰色”的な)行列に「ヘンだぞヘンだぞ」と思いながらついていっている人がいても、そのステップを乱して列から外れてみたり、反対方向へ歩きはじめるというのは、すごく恐いし、勇気の要ることだと思う。生活を維持しながら、新しいというか古いというか、未来につながる“いいスタイル”の生活に転換するきっかけはすごくつかみにくい。その消費社会のひとつの象徴に自動車というのがあります。きょう小沢さんには初めてお目にかかったのですが、これまで頭の中にある小沢さんはポップ・スターの小沢健二で、カローラIIのコマーシャルを歌っていた小沢健二さんです。そのカローラIIから驢馬への方向転換というのは、どういうきっかけで、いつごろから考えて、いつ踏み出したのか、そういうところを聞かせていただくと、みなさんが自分の社会生活を転換していく勇気、きっかけになるんじゃないかと思うのですがいかがでしょうか。(驢馬はビデオに写っていて「ガソリンも使わないし、人も轢かない、うるさくないし、肥しになるウンチを出すし、かわいい」すばらしいビークルだと賞賛されていた)
オザケンの回答はこんな意味のこと。(メモがなく思い出して書いたものなので注意。文責は松永)
さほど転換したという記憶はない。“ほんとうのこと”って何だろう、ということに興味があるが、少なくとも日本に住んでいるかぎり、“ぼくが見ているようなもの”になれる自信はないし、なれなかっただろうと思う。たまたまいろんな巡り合せで、だんだん“ほんとうのこと”が見えるようになってきた。大きな転機があったのではない。もともと「どっかに光があるんだけど」と感じていて、それを探した結果にすぎない。カローラのCMを受けるときに、トヨタという会社を根本から考えてみるだけの力は僕にはなかったが「何かがおかしい」という違和感だけはあった。だから、大きな方向転換かといったら、そうとも言えない。お金は必ず“灰色”と関係がある。足を洗ったわけでもないし、驢馬に乗っているわけでもない。“見えるもの”に向って一所懸命に歩いているだけ。大きく転換した感じがないので、難しい質問です。
率直に答えてもらった感じで、うれしかった。
お客もみんな熱心で、大阪から来た人とかだと終電があると思うのだが11時近くになってもぜんぜん帰らない。うちは翌日の朝から用事があるので帰らせてもらった。
*
しかしどうだろう。やっぱり転向したとしか見えない。ホールが満員だったのも、小沢健二だから来た人が多いだろう。小沢健二は日本の有名なミュージシャンで、きらびやかな渋谷や原宿やカローラIIといった消費社会のポップ・イコンだ。それがいきなり南米の民族服で驢馬がとか言われても、正直、面喰らう。今回のビデオとパフォーマンスはまあよくできていて、言いたいことや気持ちは伝わる。だけど、だからこそ、というかそもそも小沢健二である。いきなりでなく内的必然性があってのことなら、その道程を簡単なメモ程度でもいいから公にしてほしい。とりあえず総括がないと腑に落ちない。
腑に落ちないといえばエリザベス・コールという人の存在も、「あんた誰?」という感じで、どうにも収まりが悪い。「新婚さんいらっしゃい」的に根掘り葉掘り聞かなくていいから、せめて簡単な経歴だけでもチラシに書いておいてほしい。
とりあえずの感想はこんなところ。
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コメント
今更ながら、小沢健二が生きている確認が取れてよかった。
実際、LIVEに行かれて羨ましい限りです。
冗談と本気の境目を無くしていた彼らの発言、
「将来はネオアコ喫茶のマスター」と「玉川入水」が
ずっと冗談でありますようにお祈りをしたいと思います。
投稿: R514 | 2009年5月 7日 (木) 11:37
興味深く読ませていただきました。
リーマンショックによる新自由主義の限界を今の小沢健二がどう見ているのか凄く興味があります。
投稿: aa | 2009年10月16日 (金) 16:37