トップページ | 2005年11月 »

大×商会の溶解 2005年10月14日(金)晴

某社のケース。
都内にある、従業員数名の会社。
三年前までダイヤルアップ接続だったのだが、仕事のデータの送受信も増えてきたのでADSLを導入した。ビジネスホンを利用しているため普通のプロバイダの接続サービスでは対応できないという話で、ビジネスホンの納入元である大×商会が運営しているプロバイダでの接続となった。
  *
今週、突然、メールが送信できなくなった。
受信はできる。独自ドメインの自社サイトを運用していて、受信はそのレンタルサーバ経由なのだ。送信には、大×商会のプロバイダのサーバを使用していた。システムの設定変更などはしていないので、問題は送信サーバにあることはすぐ推測がつく。
そこで大×商会に連絡したところ、「わからない」とのこと。何を訊いても、何度訊いても「わからない」。「レンタルサーバの方に問題があるのではないか」と責任転嫁までする始末。あのなあ。
大×商会なんてのは、企業のサポートをしてなんぼの会社だ。サイトのトップにある、社長の写真入りの「ミッションステートメント」にもそういう意味のことが書いてある。それが「メールが送信できない」という、ある意味致命的なトラブルを起こして、数日間まともな対処もできず、あまつさえ責任転嫁を図るというのは「サイテー」という以外に言いようがない。
結局、送信もレンタルサーバ経由に切り替えることにした。サーバ会社の電話サポートの人が、手取り足取り具体的に指示してくれたという。設定完了後、本日、メールは無事に送信できるようになった。
  *
大×商会といえば、ビジネス関連システム販売の最大手だ。大手なりの信頼はあったと聞く。それが、自社ブランドで提供しているプロバイダの送信サーバのトラブルに対処できない、というかトラブルの存在すら認識できない、というのは、すごい。非現実的だ。しかし現実にそういう状況なのである。
今回のケースは、おそらく氷山の一角だろう。これから何年か後に、どんなニュースが聞こえてくるだろうか。

| コメント (1) | トラックバック (0)

穴掘り/春日大社からの郵便物 2005年10月12日(水)晴

きょうはセンターの裏に穴を掘った。
遺物を洗うときに出る土は、できるだけシンクには流さず、あらかじめ用意してあるブリキのバケツに入れていく。一日の作業が終ると、そのバケツを持ってセンターの裏庭へ行く。そのまま捨てると土の山ができてしまい、あとでどうしようもなくなる。そこで裏庭には穴が掘ってあって、四本の杭に土嚢袋がセットしてある。バケツの土は、この土嚢袋に入れていくのだ。いっぱいになると一つ土嚢ができて、新しい袋をセットする。
しかし使っているとだんだん浅くなってくるので、ときどきは穴を新調するというわけだ。穴なんかひさしぶりに掘った。えらく疲れて、汗が出た。こんな様子では外の発掘の仕事はできそうもない。

帰ると、春日大社から郵便物が届いていた。中にお守りが入っている。なんと、誕生日に合わせて早朝より祈祷をした「誕生守」とのこと。そして、そのときにお供えにしたお米も少し入っていた。混ぜて炊いてお誕生をお祝いください、とある。これはインパクトのあるサービスだ。さらに、もしよかったら「誕生奉賛会」にご入会を、一口千円以上、ご家族やお知り合いの方のお誕生日に祈祷をしてお守りを送付します、ともある。うーん、思わず入会しそうになるぐらいよくできている。

| コメント (1) | トラックバック (0)

遣唐使と唐の美術/奈良阪からの眺め 2005年10月9日(日)晴


「遣唐使と唐の美術」@奈良国立博物館。最終日間近で、混むといやなので朝から行った。

第一の目当ては螺鈿花鳥文八花鏡。実物はこの写真のようには鮮やかでなく、漆のボロボロになっているのが目立った。それでも混ぜ込まれたラピスラズリやトルコ石から往時の美しさは想像できたし、貝はまだ光っていた。これが千三百年前の墓から出土したものとは。そして、貝の細工は抜群にうまかった。特に鳥は形もいいし、エッジの加工も超シャープだし、毛彫りもいいし、凄かった。正倉院宝物のどの鳥よりもいいんじゃないか、という感じ。
こういうのを持って帰ったのが、いまの奈良漆器につながっているんだなあと実感した。大筋の工程は、たぶんほとんど変ってない。それでも師匠が言うように道具や材料は日進月歩なんだから、これよりもっといい作品が出てきてもおかしくはないはずだ。

工芸品で印象的だったものの一つが、金の龍。全長は4cmぐらい。小さい。道教の儀式に使ったかも、という話だが、そんな話はどうでもいいと思うぐらいよくできている。出土した十二体、すべてポーズが違うという。

あと、どうしても気になったのは三彩の馬。大きいのも小さいのも、いくつも出ていたが、どれもいい。ふだん、どんな美術品を見ても「所有したい」という気が起きないのだが、三彩の馬は珍しく「いつか一つは手に入れたい」と思ってしまう(入手できるのかどうかは知らないが)。「アニメーションを見るかのような」という説明文があったが、まさにそうで、どの作品も馬をよく見て魅力を凝縮している。盆栽が「かわいい巨木」なのと似ている。

「おかえり。」というキャッチ・コピーが掲げられたこの展覧会の目玉は、井真成の墓誌。遣唐使の一員の留学生として十九のとき唐に渡り、現地で死んでしまった人だ。享年三十六。いまの藤井寺の出身と推測されるが、墓誌の石板が昨年見つかるまで、日本の史書では把握されていなかった。墓誌に曰く:

(……)ああ、夜明けに棺をのせた素木の車を引いてゆき、葬列は赤いのぼりを立てて哀悼の意を表した。真成は、遠い国にいることをなげきながら、夕暮れに倒れ、荒れ果てた郊外におもむいて、墓で悲しんでいる。その言葉にいうには、「死ぬことは天の常道だが、哀しいのは遠方であることだ。身体はもう異国に埋められたが、魂は故郷に帰ることを願っている」と。
その墓誌が千数百年を経て“帰国”した。泣ける。

これと同時に「模造にみる正倉院宝物」という展覧会も開催されていた。29日からの正倉院展の露払いということだろう。いろいろ見た。


見終わってもまだ昼前だったので、自転車で般若寺の方へ行ってみた。博物館から転害門の方へ下り、佐保川の橋の交差点から、般若寺へ行くなら旧道を登ったほうがいいのだが、右の国道へ。確かめたいことがあったのだ。

小学校の修学旅行は京都・奈良だった。奈良には泊らないで、京都から日帰りで大仏殿を見に来たのだと思うが、そのとき印象的だったビジュアルが二つある。それは「坂から見えた大仏殿」と「大仏殿の天井」だった。天井というのは、何層かになっている天井の格子のサイズが、遠近法に従って上に行くほど大きく作ってあって、ちょっと見ただけではそれが何層なのか、どれくらいの高さがあるのかわからないというものだ。坂から見えた大仏殿というのは、奈良に入るとき、バスの窓から、緑のなかに異様な大きさの建造物が見えたのだ。
奈良に来て、あれはどこから見えたのかなと思って地図で検討したところ、どうやら奈良阪のようだった。クルマで京都から来ると、木津で道が分かれていて、24号線は市内の西の平城宮跡の方へ、754号‐369号は東大寺の方へ出てくる。754号は奈良阪といって、般若寺というコスモスで有名なお寺の近くを通る(このコスモスがきちんと植えたものじゃなくて、なんか勝手に殖えた風情だというのがいかにも奈良)。
般若寺の表の道はいい感じの旧道だが、奈良盆地を見下ろす視界はない。観光バスが通るなら、裏の広い国道の方だ。それで、坂を登って、振り返ると、ありました。この風景!

観光バスとは目の高さが違うし、修学旅行は五月中旬だったので緑の勢いも違うけど、これだった。二十数年前だけど、よく覚えていたものだ。

この後は木津方面をちょっと偵察して、平城宮跡を回って帰った。

| コメント (1) | トラックバック (0)

トップページ | 2005年11月 »